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Raid trek Qomolangma同行記

レイドトレックチョモランマ同行記 第3回

めざすは秘境、グゲ遺跡。

グゲ王朝遺跡カシミールの国境不確定地帯を抜け、パミール高原の平均標高も4500mのエリアを進みます。この旅でチョモランマBC(ベースキャンプ)と並ぶもうひとつの大きな目的の場所は、秘境中の秘境「ツァンダ旧名タリン・・・なにかバルト海沿いの町の名前のようです。」という町にある「グゲ王朝遺跡」です。

グゲは漢字表記では古格。その王国は842年-1630年と長きにわたりこの地に幾たびかの攻防を繰り返しまがらも、仏教王国の要塞都市として、その姿を天空に聳えさせています。800年代中期、吐蕃王朝の王族が西チベットで荒廃した仏教再興のために、建国したといわれています。

当時、仏教先進地のカシミールへ僧を派遣しカシミール様式の寺院建築、壁画などをこの地にもたらせます。1042年にはインドの高僧アティーシャを招き、チベット仏教が栄えることになります。その年代には、ピヤントンガ石窟群が姿を現し、グゲ王国の中心的都市として繁栄したツァンダ付近には、こうした石窟壁画が多く残り、はるか歴史のロマンを今に伝えています。

この町に至るのには二つのルートしかありませんが、いずれも5000mを越える困難な行程です。町に着けば3800mの標高ですから、われわれは砂漠のオアシスを求めるような思いで、その想像もつかないような都市に向かいました。

ハードな道のりの果てに

手前の町で中国人スタッフの許可を待って、朝の11時の出発としました。困難が予想された行程なので、早く出発したいという思いはもろくも崩れます。しばらくは舗装路ですが、100kmばかりで大きく右にそれるや、いきなりハードになりました。荒れた路面が続き川も渡ります。斜面にへばりつくような道は、ガードレールなどあろうはずはありません。ぐんぐん高度が上がり、5000mを超えるころには、尋常じゃない空の青さに茫然となります。やがて高度5330mの広い峠に辿り着きました。

なんだチョモランマBCより高いじゃない

高度5330mの広い峠チョモランマの標高5250mが最高到達点だと思っていた我々は、すっかり拍子抜けです。平地の酸素の50%しかないこの高みは、あまり長居をしたくないのです。峠から左右の山に伸びる稜線は広々としていて、まことに雄大で「トライアル車を持ってきて、あの山の頂まで行くと6500mくらいあってバイクやクルマの世界最高到達点の記録が作れそうだね。」などと呑気な話をしながら峠を降ります。こうした峠越えを繰り返しているうちに、恐ろしい形相の谷の隘路に出くわしました。その姿は「土林」といいます。巨大な土の鍾乳石みたいなものが林立しているのですが、なんともといわくありげな奇形奇観は、インパクトがあります。

日が傾きかけたころ、ツァンダの町に到着です。軽いデジャブに襲われます。それはなにかこう50年近くも前、なにかまだ幼いころに見た記憶を刺激します。

翌朝はわずか18kmばかりの道を1時間以上も時間をかけて進むと、ついに天空の城に対面します。

遺跡の階段を登ると

その遺跡は、この世のものとは思えません。まったく広大無辺なるチベットの荒地に、突然に姿を現し異様であり不気味でもあり、でもなにか悲しげな姿にも見えます。標高は4000mほどでしょうか、危険な今にも崩れそうな階段を数歩登ると大きく肩で息をしなければなりません。徐々に広がる絶景は1000年の時空を超えた、シャングリラそのものです。人の営みの荘厳さに畏敬の念を抱かずには入られません。

次回はついにチョモランマBCに到着です。